多摩の特産・禅寺丸の木 | 私の好きな薬師池公園
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多摩の特産・禅寺丸の木

町田の民話と伝承
       多摩の特産・禅寺丸ぜんじまるの木

 禅寺丸の発祥の地は、川崎市麻生区の名刹・王禅寺である。
 本堂の前には、現在「王禅寺のカキの原木」のひこばえが育っており樹齢四百五十年以上と伝えられる。元弘三(一三三三)年、新田義貞が鎌倉へ攻め入るとき、王禅寺は全山ことごとく焼き払われた。
 再興にあたったのが等海上人である。寺領の山に入って建築材を探していると、赤い果を着けた柿の木に出会った。食べてみると類をみない甘い柿なので、本堂の前に移植したのが、南北朝時代の応安三(一三七〇)年である。
 この原木から苗木を育て、近在の農家に植えさせると、たちまち鶴見川沿いの農村へ広がり、多摩の名柿・禅寺丸の産地が産まれた。
江戸のヤッチャバ(市場)で「禅寺丸」と呼ばれるようになったのは、元禄年間(一六八八~一七〇四)といわれている。
 以後、明治、大正、昭和にわたって、禅寺丸は『多摩の特産物』としてその名を轟かせた。
 昭和十(一九三五)年の秋、北原白秋は”禅寺丸の里”を旅した。そのとき王禅寺から三輪町の高蔵寺を訪れ、次の二首を含めて七首の歌を残す。

    高蔵寺しずかやと散る葉眺めゐて
          梢の柿のつやつやしいろ

    柿もみじ幾葉ちりつぐしずかなる
          夕空ありて照る玉さはに

 昭和三十年代(高度成長時代)に入り、富有柿や次郎柿が豊富に出回るようになると、禅寺丸は商品価値を失った。
 町田市ではそれを惜しみ「禅寺丸柿ワイン」として名柿・禅寺丸の復活をはかっている。

(町田の民話と伝承第二集・町田市文化財保護審議会編から)
二〇〇〇年三月 町田市教育委員会 【案内板より】